基調講演「グリーンビジネスが切り拓く地域産業の未来」
東京大学客員教授/慶應義塾大学大学院政策・メディア科非常勤講師/
一般社団法人バーチュデザイン 代表理事
吉高 まり 様
グリーンビジネスの背景にある世界の潮流を概観する
世界の指導者が一堂に会するダボス会議では、議事として、グローバルなリスクのリストが示されている。近年、このリストの半数以上がグリーンに関わる問題である。
「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」や「エコロジカルフットプリント」など、人間活動の地球環境への影響が様々な指標で測定されているが、気温上昇や生物種の大量絶滅により、海運や農林水産業が危機にさらされ、食糧不足を齎すことが世界的に危惧されている。
2015年の「パリ協定」における気温上昇を1.5度に抑える目標や、2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標、持続可能な開発目標(SDGs)が定められたことは、その表れだ。将来世代が現代と同じような暮らしができるよう、持続的な経済活動が世界的に求められている。
気候変動の国際会議であるCOPでは、日本を始め各国が、グリーンに関する技術を競い合っている。気候変動や環境問題は経済やものづくりに密接に関連しており、取り分け投資家や金融機関が、この分野に向けて様々な動きを起こしているところだ。
ESG投資のうち、最も市場性があるのがグリーンだ
ESG投資は、財務以外の情報をも統合して投資先を選ぶアプローチで、E(環境)、S(社会)、G(企業統治)の要素を考慮する。国連の責任投資原則に組み込まれている概念で、欧米世界における教会や宗教法人のチャリティー的ポリシーが雛型であり、近年の社会的価値観を踏まえて、国際的な規範となっている。
日本政府は毎年SDGsに関するアクションプランを発表しているが、民間企業がこれに貢献するために、ESG投資を奨励している。この動きは安倍政権から始まり、日本の上場企業1/3の株式を保有する、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が推進することで、日本企業の取組の必要性を生じさせた。
海外では、グリーンボンドと呼ばれる投資家による資金調達が盛んに行われているが、日本企業の資金調達は金融機関が主流である。前者と比べた後者の特徴は、企業の情報公開が限定的になることだ。ESG投資の推進は、国内の莫大な預貯金を投資に向けるために、企業に情報公開を促すという狙いもある。
今日の企業は、投資家向けに、自社のESGに関わる情報を公開することを求められている。環境への配慮の他、人権や従業員の健康など、様々な要素が開示要求の対象となるが、中でも投資家の関心はEに集中している。ESGのうち、最も市場性がある=成長が期待できるのが環境分野だからだ。
SDGsに貢献しながら利益を出せるビジネスがESG投資を獲得する
ESG投資は、企業が創出するポジティブな社会的影響を評価しようとする。そのため、投資や融資を受けるにあたり、現在の状況だけでなく、将来のリスクやビジネスチャンスに対する情報を開示する必要がある。これは「サスティナブルファイナンス」と呼ばれ、SDGs目標に貢献できるビジネスモデルを示すことが、投資獲得に向けて重要だ。
SDGsには各目標ごとに市場予想が示されており、企業がどの目標を目指すかによって投資家は市場性を判断できる。17の目標の中で市場規模が大きいと予想されるのが、ESGのEに関する分野である、目標7、9、11、13等だ。
また、若者の価値観の変化も見逃せない。新卒生は就職活動に当たり、企業をSDGsへの貢献で評価する傾向がある。人材確保においても、グリーン分野に取り組むことは有効な戦略であると言える。
ESG投資を獲得した中小企業や地方自治体が生き残る
中小企業がグリーンビジネスへ参入するには、本業から遠いところを考えるのではなく、自社のビジネスを見直し、本業とシナジーを生むようなアイデアを求めるのが良い。
また、メディアに取り上げられるような、環境へのポジティブな影響を謳えるストーリーを生み出し、積極的に発信することも重要だ。
2050年のカーボンニュートラル目標においては、多くの上場企業が前倒しの達成を宣言している。これもCO2排出量を評価する投資家に訴求して、ESG投資を獲得するためだ。
横浜市の中小企業である株式会社大川印刷では、環境に優しい印刷技術を導入し、積極的な発信を行って受賞等の評価を得たことにより、大手や外資系の新規顧客の獲得や、新卒確保に高い成果を上げている。
環境省では、100か所の脱炭素先行地域を指定し、50億円の補助金等の支援を実施している。島根県では松江市や邑南町が選定されており、邑南町ではソーラーシェアリングや農業用トラックのシェア政策を進めている。
宮城県東松島市では、地球にやさしい地産地消の大麦を生産し、アサヒビールが購入する等経済効果を生んでいる。
鹿児島県大崎町は、リサイクル率が80%で日本一を誇る自治体だが、この実績が評価され、トヨタやユニ・チャームが投資して、リサイクルシステムを活用した新たな取組を始めている。もちろんそれが地域の活性化に繋がっている。
また、Yahoo!JAPANによる企業版ふるさと納税の取組もある。「地域」「低炭素」「脱炭素」「中小企業」のキーワードが含まれる取組に対して、自治体を通して取組元である中小企業に資金が届く仕組みだ。
このように、地方自治体や中小企業も、ESG投資を獲得するために様々な取組を行っている。大企業だけではできない事業も多い。こういった取組を創出できる企業や自治体がESG投資を獲得し、気候変動のリスクを克服して生き残っていくだろう。